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EU研究奨励賞・受賞者リスト


『EU学会年報』第41号掲載分


【政治分野】

原田豪氏

EU社会政策発展過程における裁量型調整方式の導入の意義

受賞理由:

本論文は、裁量型調整方式そのものの解説ではなく、政策立案過程におけるその意義を分析しようという、より広い視点に立った試みである。EU レベルでのピア・プレッシャーやベンチマーキングを通して、裁量型調整方式の運用の実態を検証するという工夫がなされ、それによって加盟国とEU の間の綱引きとその結果が具体的に理解できるなど、読み手の知的興奮を喚起する内容となっている。時間をかけて取り組まれてこられたテーマと思われ、参考文献に掲載されているそれを遥かに超える文献を渉猟されたと推察される。要点も制約内の文字数できちんと纏められている。よって本論文を研究奨励論文として推薦する。


【経済分野】

松下俊平氏

EUリテール決済市場統合の進展と課題

受賞理由:

本論文は、リテール決済市場の統合に関する先行研究を踏まえたうえで、新たな視点として実際の統合度に着目し、リテール決済市場に向けたEU の取り組みを検討する。本論文によれば、EU はおもに単一ユーロ決済圏(SEPA)とEU 単一リテール決済サービス市場の構築によってリテール決済市場の統合という課題に対応した。本論文の貢献は、こうしたEU の取り組みの結果、国境を越えた決済サービスが増加し、決済サービスの手数料も低位収斂したことを実証的に明らかにし、2010 年以降、統合が遅れていたEU リテール決済市場においても統合度が高まった点を解明したことにある。また、本論文は、リテール決済市場統合の副産物として、EU域内において多様な決済サービスの利用が可能になったことも指摘している。以上のように、本論文は、EU市場統合の研究を金融面から補強するものであり、EU 研究奨励賞に値すると認められる。


『EU学会年報』第40号掲載分


【政治分野】

佐竹壮一郎氏

「欧州化」と「政治化」の関係:EU 市民の意識形成をめぐる課題

受賞理由:

佐竹会員の当該論文は、統合理論における従来の先行研究を、日本語と英語、そして古典的な研究から最近 の研究まで、理論の進展と通底する課題を広い視野でバランス良く吸収し整理されています。全体的には、 先行研究の概観という性質が強い論文ではありますが、「政治化」と「欧州化」の連関に注目して、それを 掘り下げているところに、一定程度のオリジナリティが認められます。もっとも、佐竹氏の研究関心の核は、 副題にある「EU 市民の意識形成」と統合との関係であろうと推測されますが、既に実証的な研究もなされて おられるので、本論文での理論枠組みを出発点として、いずれは実証研究を融合した研究へと発展することが期待できると考えます。本学会においては決して多いとは言い難い統合理論研究において、これからの活 躍を期待したいと思います。


【経済分野】

小西杏奈氏

欧州共通付加価値税創設の歴史分析(1958-1959 年):欧州委員会第四総局のイニシアティブと加盟国の抵抗

受賞理由:

本論文は、EEC 創設直後の 1958−59 年に行われた売上税制の協調に関する欧州委員会と加盟国との間の議論を分析し、共通の売上税制の導入を目指す欧州委員会と各加盟国の反応や認識について考察し、租税制度の協調が当該期にどのように困難であったのか、さらに1967 年に施行された EC 理事会指令に基づく欧州共通付加価値税の創設の前提条件を明らかにすることを課題としている。また、この課題を解明するために欧州委員会歴史公文書館やフランス国立公文書館などの一次資料を用いて詳細な分析を行っており評価できる。本論文の構成は以下のとおりである。

はじめに

第1節  後回しにされた売上税制の協調

第2節  売上税制協調に向けた議論の始動

第3節  欧州委員会と加盟国の温度差

おわりに

はじめにでは、本論文の課題と先行研究が概観されている。本論文のような EEC 創設直後の税制に関する研 究は少なく、とくに共同体レベルの合意形成過程を分析した歴史研究は存在しない。

第 1 節では、欧州委員会の中で第四総局(競争)が租税問題を扱うことになった経緯と意義が指摘される。 これにより租税制度が域内の競争を歪めてはならないという税の中立性が基本方針となった。ただし、発足直後の第四総局ではカルテルなどの問題が優先的に扱われ、租税協調問題は 1959 年春まで後回しにされた。

第 2 節では、第四総局の租税問題局が、売上税制の協調を進め、税の国境調整を廃止する方針で議論を主導したことが明らかにされる。しかし、加盟各国は国内事情に応じてそれぞれ独自の税制をとっており、1959 年 6 月の局長レベルの会合では加盟国は欧州委員会の提案に慎重であり意見を交換するにとどまった。ただ し、これを機に複数のワーキンググループが設置され委員会と加盟国の租税官僚の意見交換や情報の共有が進 んだ。

第 3 節は、1959 年 9 月以降のワーキンググループにおける議論の詳細な分析である。議論において、ヨーロッパ統合の中核であるフランスと西ドイツの見解の相違が大きかった。例えば加盟国で唯一付加価値税制をとるフランスは、売上税制の協調を通じて他の国が採用している累積型取引高税を排除しようとしたのに対して、西ドイツはこれに反対した。他方、西ドイツと欧州委員会は売上高税の協調によって税の国境調整を廃止しようとしたが、フランスは自国産業に不利になるとみて税の国境調整の維持を主張した。

しかしながら、こうした議論を通じて加盟国の租税担当者は他の加盟国の租税制度に関する情報や意見を共有することにもなり、共通付加価値税の実現に欠かせない土台を形成することになった。

おわりにでは、以上の各節の論述がまとめられている。EEC 設立直後の時期において税制を共通化するこ とは欧州委員会が望むような簡単なことではなかった。しかし、欧州委員会が主導した会合やワーキンググル ープは各国相互の理解を促進し、7年後の欧州共通付加価値税を準備したのである。

以上の内容を持つ本論文は、明確な問題意識のものとでなされた研究であり、研究史の空白を埋めるにとどまらず、1次資料を幅広く用いてこれまで知られてこなかった当該期の欧州委員会の税制政策と原加盟国の税制政策の背後にある認識にまで迫り独自性がある。

また、使用している資料は欧州委員会歴史公文書館やフランス国立公文書館などの公文書であり、手堅い実 証研究として評価できる。 これらの点から、本論文は EU 研究奨励賞に十分値すると認められる。