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理事長メッセージ:森井裕一

森井理事長

東京経済大学において2022年11月5〜6日に対面で研究大会が開催されました。2019年の神戸大会以来3年ぶりの対面開催が実施できましたこと、開催校、企画委員会、事務局等関係者と会員の皆様に厚くお礼申し上げます。共通論題は「EUの将来像と市民社会」、二日目の公開セッションのテーマは「EUとジェンダー」でしたが、これまでEU学会が中心的には取りあげてこなかった新しいEUの側面を、海外からのゲストも交えて対面で活発に議論することができたことを大変喜ばしく思います。欧州委員会が立ち上げた「欧州将来会議」の議論とEUの政治の深層にある欧州市民社会と構成国の政治のあり方の変容を検討しようとするものでしたが、EUの基層をなしている欧州の市民社会とEUの関係性の変容は、今後のEUの行方を考える際にも重要なポイントとなります。

2023年は「欧州連合条約(マーストリヒト条約)」が発効して30年となります。同条約は11月1日に発効しているのですが、署名されたのは1992年2月で、署名から発効まで1年8ヶ月かかりました。主要な要因は、デンマークが批准のための国民投票で一度否決してしまい、再度の国民投票で批准が承認されるまで時間がかかったことですが、デンマークの国民投票による承認からさらに発効が伸びたのは、ドイツが議会の批准手続きは終わっていたのに連邦憲法裁判所の判断を待って批准の最終手続きをとらざるを得なかったためです。これは市民が欧州連合条約による主権委譲がドイツ基本法(憲法)の認める範囲を超えるものであるとして訴えたためです。連邦憲法裁判所はこの訴えを退けましたが、批准の遅延を招きました。同様に、2009年12月に発効したリスボン条約はアイルランドの国民投票で発効が遅れましたが、その裏でドイツでは同様の問題の審理が憲法裁判所でおこなわれました。国内の政治や制度がEUレベルの行動を拘束することは今日では常識的なことですが、エリートを中心として欧州統合の制度構築が進められ、一般の人々を漠然とそれを受け入れていた状況、「パーミッシブ・コンセンサス」に基づく統合のあり方が大きく転換し、構成国の政治と社会のEUとの関わりが大きく問題化したのも約30年前ということになります。

2023年のEUにはのどかに30年を回顧している暇はありませんが、構成国の政治や社会がEUに与える影響の重要性はますます大きくなっていると思われます。EUは2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、これまでにない厳しい課題に直面しており、ここでも市民社会による支持は不可欠です。しかし、構成国間で問題認識に大きな温度差があることもまた事実です。

EUの執行部はさまざまなイニシアティブを積極的に打ち出し、戦略的な自立性をたかめつつ事態に対応しようとしています。安全保障分野ではEU とNATOとの連携は新しい協定により強化され始めていますし、EUのウクライナに対する財政支援も大きなものになっています。対ロシア制裁などからエネルギーを安定的に確保すること、気候変動対策のためのグリーンディールをそれにもかかわらず同時に進めていく姿勢を示していますが、これらの対応も市民の理解なしに進めることはできません。エネルギー価格の上昇はインフレの進展となって、家計を直撃しています。

このような現在進行形の問題に日本EU学会として取り組むために2023年の研究大会のテーマは「ウクライナ問題とEU」として準備が進められています。次の秩序のあり方が見えず、大きな軍事的衝突をともなう危機が続く中で、EUは安全保障面でも経済面でも、より大きな自立性を確保するためにさまざまな政策の可能性を模索し続けています。私たちEU研究者も、これまでの研究の蓄積に基づき、学際的な視点を利用しながら、さらに新たな状況の分析にも積極的に目を向けていくべきかと思います。

研究大会の分科会では従来通り会員の皆様の報告希望を受け付けております。研究大会での研究発表は学会活動の特に重要な柱ですので、どうぞ積極的なご応募をお願いいたします。

コロナ禍、ウクライナ危機と慌ただしく時が過ぎましたが、私の理事長としての任期は3月で終わります。この2年間の任期中、臼井陽一郎事務局長にはいつも大変お世話になりました。ありがとうございました。学会の円滑な運営にご協力いただきました会員・理事の皆様にも、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

(2023年1月16日更新)


オンライン 2 年目とその後へ向けて

日本 EU 学会としては二度目となるオンライン大会が 2021 年 11 月 7・8 日に開催されました。初夏のころまでは一部対面・ハイフレックスの可能性もありうるかと検討を続けていましたが、状況は悪化し、二年連続でのオンライン大会となりました。共通論題 「コロナ以後の EU 再生戦略─グリーンディールの射程」はEUのグリーンディールを多面的に扱い、オンラインの利点を生かして日欧を結んでの活発な議論ができたと思います。二日目の公開シンポジウム「ポストBrexitのEU世界戦略」も非常に多くの方に視聴・参加いただき、大盛況に終わりました。分科会に登壇した皆様もオンラインでのプレゼンテーション、質疑応答に見事に対応しておられ、コロナ禍でもデジタル化により優れた研究交流は可能ということを示されたと思います。オンライン大会の成功にご尽力された皆様に、厚くお礼申し上げます。

しかしそれでも、ポスターセッション、懇親会 や休憩時間の交流や対話ができなかったことは、やはりとても残念です。既に企画委員会を中心に2022年11 月 5・6 日に東京経済大学におい て対面で研究大会を開催する準備が進められております。新変異株の感染拡大など不安な要素 はありますが、久しぶりに対面の研究大会の開催が可能になり、会員間のより緊密な交流が再び可能になることを期待したいと思います。

この間、オンライン大会となったことから海外からのゲストスピーカーを日本にお招きする ことができませんでした。また若手会員の海外学会等への派遣助成もほとんど実施出来ており ません。そのため使われなかった予算を利用して、2022年度より大学院生会員の会費を値下げすることを、昨年11月の理事会で決定いたしました。これにより、大学院生会員の会費はこれまでの年間5000円から3000円へと値下げされます。日本EU学会では地域部会の導入やポスターセッションの実施、学会奨励賞の授与など若手会員の活動をさらに活性化する方策を導入してきました。今回会費引き下げにより、厳しい状 況に置かれている学生会員の負担を僅かでも軽 減することによって、より多くの大学院生にも日本EU学会の活動に興味をもっていただければありがたく存じます。EU 復興基金「次世代 EU」は、コロナ禍で苦しい状況の救済であると同時に、将来への投資によって持続的な成長を可能 にすることを目指していますが、学会も将来世代への支援を引き続き検討していければと思い ます。

2022年度の共通論題は「EUの将来像と市民社会」、二日目の公開セッションのテーマは「EUとジェンダー」です。どちらもこれまで日本EU学会が共通論題では中心的に取りあげてこなかったテーマとなります。欧州委員会が将来をEU市民に構想・議論してもらう場として「欧州将来会議」を立ち上げていることが直接の背景となりますが、EUという制度の基盤となっている欧州の市民社会と構成国の政治のあり方、EUとの関係がより複雑になり、またそのことがEUをめぐる議論に大きな影響を与えるようになっていることから、市民社会とEUの関係を深く検討する重要性は高まっていると言えるでしょう。 ジェンダーはEUの政策権限という点では限られたものかもしれませんが、多様性の尊重とジェンダー平等が多くの構成国で非常に重要なイシューとなり、EUと構成国の人事においても配慮が随所に見られるようになっている一方で、いくつかの構成国ではEUの価値と衝突する政治状況が見られるようになっています。EU研究もこのような新しい研究課題にさらに積極的に取り組んでいくことが不可欠であると思います。もちろん分科会ではこれまで通り、会員の皆様の報告希望を受け付けております。積極的なご応募をお願い申し上げます。

(2022 年 1 月 10 日)


コロナ禍で原点を再確認する

2021年4月より理事長を拝命いたしました。EU諸国でも日本でも新型コロナウィルス感染症の問題が大きな影響を持ち続けている中で、学会の運営に関わることは大きなチャレンジとなりますが、ご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。既に中村前理事長体制の下で、コロナ禍における研究大会・理事会のオンライン開催も実現されましたが、2021年研究大会も感染状況が改善しないためオンライン開催となります。このような環境下ですが、学会活動はどのようにあるべきか、ここで再確認しておきたいと思います。

学会規約第3条の規定をするまでも無く、学会の目的は「研究の促進およびその研究者の相互の協力の推進」です。法・経・政治社会という分野から構成される日本EU学会ですので、会員の間の学際的な研究の促進を一層促進することが最も重要です。2018年度より地域部会が活動を開始し、特に若手会員を中心として研究交流が活性化されたことは大きな成果であり、今後とも研究大会と連動させながら、活力ある研究を推進できる環境作りをしたいと思います。コロナ禍故に地域ごとの部会活動となっていませんが、そのかわりにオンラインでどこからでも参加できる部会活動となっております。当初の企画とは異なりますが、オンライン化は研究交流を促進するためのハードルを下げるという点では非常に貢献しているのではないかと思います。

研究で成果をあげることは、とにかく多くの発表を行い、論文を公刊するというイメージを持つ方も多いですが、同時に質をたゆまなく向上さることも不可欠です。オリジナリティーの低い使い回しの発表、ましてや剽窃など言語道断です。学際性は専門性の低下の言い訳とはなり得ません。ディシプリンの先行研究をしっかり踏まえ、方法論的にも実証的にも、それぞれの分野で最先端の研究を発表して、議論・交流することにこそ、学会の存在意義があります。そのためには学問的に厳格で公正な査読、発表に対する建設的なコメントが不可欠ですので、会員の皆様のご協力をお願いいたします。

私たちの研究対象であるEUは、コロナ禍で合意された巨額の復興基金の交付が始まったことや、一部の構成国のEUの基本的価値に反する行動への対処問題に象徴されるように、大きな変化のさなかにあります。私の主な研究対象はEU構成国であるドイツ政治とEUの政治の相互作用ですが、2005年以来首相の座にあり、欧州理事会の安定の軸でもあったメルケル首相も、9月末の連邦議会選挙をもって退陣予定です。他の多くの構成国でも政治のありかたが変わり、さらにグリーン化の進展、EUをとりまく国際環境の変化など、EU研究をめぐる新しい素材は尽きません。

研究課題をどう設定し、取り組むかはディシプリンによって異なりますが、オリジナリティーの高い堅実な研究を活発に行う会員の皆様が楽しく集える学会とするために、理事の皆様とも協力して運営に努めて参りたいと思います。ご協力のほど、何とぞよろしくお願い申し上げます。

(2021年7月29日)